ドクターマーチン品番まとめ! イギリス生まれのブーツブランド「ドクターマーチン」の魅力とは? | アメカジ古着ファッション販売YUエンタープライズBASE店

2021/01/22 20:30

イギリス生まれのブーツブランド「ドクターマーチン」。ドクターマーチンはもともとワークブーツでしたが、アーティストや若者たちに支持されたことから、今ではファッションアイテムに昇華しています。REDWINGと比べると、品番が少ないのですが、同一品番でも種類が多いため、結構ややこしい。ここではドクターマーチンの品番、各モデルの特徴をまとめました。

 

ドクターマーチン(Dr. Martens)とは

ドクターマーチン(Dr. Martens)は、イギリスのエアウェア・インターナショナルLtd.(ノーサンプトンシャー州ウェリングボロー)が製造および販売を行っているの靴・ブーツのブランド。主要な製品の1つに、エアークッションの効いたソール(バウンシングソール,bouncing soles)を黄色い糸で縫いつけたブーツがあります。ブランド名は、バウンシングソールを考案したドイツ人の軍医である、クラウス・マルテンス(Martens)に由来。

ドクターマーチンの歴史

 

実はドクターマーチンには1990年代後半までAir Wair社製とイギリスで製造していたホワイト社製という2つの会社で生産されていました。ホワイト社製のドクターマーチンは1990年代終わりごろに製造中止。 ホワイト社のドクターマーチンはトゥの部分の丸みが可愛くて人気が高く、Air Wair社と競合していた時代もホワイト社の方が多少人気ありました。しかし、Air Wair社の方が多少製品の精度がよかったと思われる点と、箱がAir Wair社のような綺麗な箱ではないことが残念な点です。特にホワイト社の箱は、ダンボール製の無地の箱で、横に一枚ラベルが貼ってるだけの簡素な作りだったのです。

Air Wair社製とホワイト社の違い

Air Wair社製とホワイト社のドクターマーチンを比較してみて大きな違いは、5つの点です。

まず1つはホワイト社の製品はタグが「DrMartens」になっていること。

2つ目は、サイドに有るマーチンの刻印が無いこと。

3つ目はトゥの部分の丸みが有ること。

4つ目は紐が丸紐ではなく平紐であること。

最後はインソールの刻印のデザインが違う上に文字が金色であることです。 ヴィンテージ市場ではインソールの刻印のない模造品も存在するため、注意が必要です。

ドクターマーチンが生まれるまで

1945年。舞台は戦後のミュンヘン。兵役に従事していた25歳のクラウス・マルテンス博士がユニークなエアクッションソールを発明しました。戦後に残っていた靴修理屋の靴型と針を廃物利用して靴のプロトタイプを作ったマルテンスは、それを機械工学の知識を持つ大学時代の旧友、ヘルベルト・フンク博士に見せました。 そこで、この2人はパートナーシップを結び、使用されていない軍事用品を原材料として用い、独自の靴を生産し始めたのです 。1947年までに正式に生産を開始した2人のビジネスは、10年経たないうちにとても上手くいくようになりました。この頃は、主に年配の女性を対象に製品を販売していました。そして、1959年には、彼らの革新的な靴を海外の雑誌などに宣伝しようと決めたのです。

舞台は英国へ。この頃には、グリッグス家三代目のビルが、兄弟のレイとコリン、そして息子のマックスと共に会社を運営していました。ある日、靴業界の雑誌を読んでいたビルの目に、ドイツ人が掲載した独創的なエアクッションソールの広告が飛び込んできました。

そのエアクッションソールの製造特許を獲得した同社はいくつかの変更を加え 、そのよりよく改善されたヒールと丸みを帯びたシンプルなアッパー、独特の黄色のウェルトステッチ、ツートンの溝付きソールエッジ、そし てユニークなソールパターンを備えるブーツを製造しました。「Air Wair」と命名されたこのブランドは黒と黄色のヒールループで仕上げられ、そのブランド名と「With Bouncing Soles(弾む履き心地のソール)」の謳い文句を掲げて世に登場しました。生産ラインが1960年4月1日に開始したことから「1460」と名付けられたドクターマーチンの8ホールブーツがここに誕生したのです。

なぜドクターマーチンがファッションアイテムになったのか

ドクターマーチンが誕生した60年代は、これまでにない大きな変化が起こりました。新たなアイデアが生まれ、カルチャーシーンが起こり、そして、社会的な変革の波が訪れました。これらの急激な変化は、機能的なワークブーツであったブランドを、派手でこれまでになかったファッションスタイルに取り入れられていきました。ドクターマーチンはこうした社会の変化の中で、いつも普通であることとは距離を置いてきたのです。

サブカルチャーのアイコンとして

最初の数年間は2ポンドで買うことのできるワーキングブーツとして、イギリス労働者階級の郵便配達員や工場労働者に多く履かれていました。しかし、不思議なことに... 何の前触れもなしに、ジャマイカの音楽であるSKAを好む初期のスキンヘッズがドクターマーチンを好んで着用するようになったのです。その後まもなくして、The Whoのピート・タウンゼントが自身の労働者階級の誇りと反逆的な姿勢の象徴としてドクターマーチンを履くことになりました。こうして、初期のスキンヘッズとピート・タウンゼントによりブランドの歴史の流れが変わり、実用的なワークブーツがサブカルチャーにとって不可欠なものに生まれ変わったのです。

グラムやパンク、ツートーンなどの音楽スタイルや、ゴスが流行したこの10年間に発展した英国のユースカルチャーは、若者たちに広くに浸透していきました。ドクターマーチンは、ブーツを独自のスタイルで履きこなす様々なグループの独自のファッションスタイルに取り入れられていきました。 1970年代末までに、ドクターマーチンは英国のユースカルチャーの中核をなし、自己表現のシンボルに成長していました。

ドクターマーチンの品番

ドクターマーチンは品番はそれほど多くはありません。いや品番は少ないのに種類が多いため、かえってややこしい。主な品番とそれぞれの特徴を覚書程度にまとめました。
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